届かぬと 心に穴あく 赤バッジ 埋められうるは Zfかな

ライカ"持たざる者"シリーズ

はじめに

はい、赤バッジ「持たざる者」である私の、
赤バッジ愛を語るシリーズ第2段です。

8月5日に投稿した第1段では、
「持たざる者」の赤バッジ愛について長々と語りました。
ご覧になっていない方は、
是非こちらもご覧いただけると嬉しいです。

そして、タイトルに書きました通り、
第2段にして早くも方向性がブレつつあります。

大きな遠回りをしようとしています。

「持たざる者」の気持ちの整理

M型ライカ。それは私にとって遠くて手が届かない存在です。憧れは強いのに、財布も時間も簡単には許してくれません。赤バッジを見るたびに胸がざわめき、心の隙間がぽっかり空きます。でも、その渇きが写真への愛情を育む力の源になっているのです。

私は現在、ニコンZ6IIを使っています。レンズは、マウントアダプターを介してMマウント(正確にはVM)を使っていますが、それでもM型ライカの存在感は特別です。ある日、ふと思いました。「M型ライカでなくてもいい。レトロで、ビンテージ風で、侘び寂びを感じるカメラがあれば、心の隙間を埋められるのでは」と。それ即ち「ニコンZf」でした。

Zfは、過去のカメラの美しい佇まいを現代の技術で再現したカメラです。クラシックなボディラインや質感あるダイヤル、手に馴染むグリップ。シャッター音や操作感も、ただのデジタルカメラとは違い、撮影の楽しさを指先で伝えてくれます。手に取るたび、「赤バッジほど高くはないけれど、これも十分魅力的だな」と思わず頬が緩みます。赤バッジ「持たざる者」の私にとって、心の隙間を満たしてくれる相棒になるはずです。

さらに、Z6IIと組み合わせて使うことで、Mマウントレンズの描写の楽しさと、Zfの手触りや操作感が微妙に重なります。ライカへの切ない憧れは消えませんが、今この手にあるものの美しさを楽しむことで、少しだけ心が満たされます。

M型ライカの夢は依然として遠いです。しかし、Zfはその夢にほんの少し触れさせてくれる存在です。赤バッジには届かなくても、手に取れば「まあ、寄り道してもいいかな」と肩の力を抜けます。ユーモラスに言えば、赤バッジへの片思いをそっと慰めてくれる、心強い相棒だと思います。

おわりに

いかがでしたでしょうか。今回は、M型ライカへの切ない憧れと、Zfという頑張れば何とか手の届く存在について書きました。赤バッジに届かなくても、心の隙間を少しだけ埋めてくれる存在があること。クラシックな佇まい、手に馴染む操作感、そして撮影の楽しさ。Zfは、そんな喜びをもたらしてくれます。

文章を書きながら、自分でも思いました。遠くて届かない憧れを眺めながら、今手に取れるものを楽しむ――それもまた、写真を続ける楽しさのひとつだと。切なさも、愛も、楽しさも、すべてを感じながらシャッターを切る。その第一歩として、私にはZfがふさわしいと思いました。自己弁護のようで恐縮です。(笑)

というわけで、Zf買ってきます!

参考

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