写真でも、ブログでも、SNSでも。
何かを続けていると、必ずある瞬間に「壁」にぶつかる。
それは外から与えられたものではなく、たいていは自分自身が作り上げた壁だと思う。
夢中になって走っているときはいい。「これをやる」と決めたからには最後までやり抜こうと、全力で集中して前に進める。撮る、書く、発信する。とにかく続けている間は、それが正しいように思える。
でも、ふと我に返る瞬間が訪れる。冷静になって、客観的に自分の成果物を眺めてしまう。すると、急に「全然ダメじゃないか」と感じてしまうのだ。それこそゴミのように感じてしまう時がくるのだ。

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誰かに何か言われたわけでもない
不思議なことに、それは誰かに否定されたからではない。
大きな失敗をしたわけでもない。むしろ外から見れば、順調に続いているように映っているかもしれない。
それでも突然、自分の中で全否定のスイッチが入る時がある。昨日まで「これでいい」と思っていた写真が、今日は「なんて凡庸なんだ」と思えてしまう。ブログの記事も、つい昨日アップしたばかりなのに「言葉が軽すぎる」「これに時間をかけて何になる」と感じてしまう。
その瞬間にやってくるのは、ちょっとした自己嫌悪だ。「自分はなんてダメなんだ」「こんなことに時間や労力を費やして、何の意味があるのだろうか」と。

成長の停滞を感じる
こういう感覚は、軌道に乗ってきて一定期間同じことを続けているときにやってくる。
ルーティンができて、習慣として「当たり前」に続けられるようになった頃だ。
そのときふと頭をよぎるのは、
「このやり方で続けていったところで、大きな成長はないのでは」
「自分の好きなこと、得意なことを繰り返しているだけなのでは」
「時間もお金も投資しているが、それに見合う成長は本当にあるのだろうか」
そして極めつけは「たとえ成長したとしても、たかが知れている」と思ってしまうことだ。
この直感は、ほとんどの場合において正しい。
同じことを繰り返すだけでは、やはり自分の限界点の中を回っているに過ぎないのだ。
だからこそ、こう感じた時は何かやり方を変えてみる必要があるのだ。

やってしまいがちな現実逃避
ここでやってしまいがちなのが、現実逃避だ。
ひとつは「これまで通りのやり方を繰り返して安心に収まる」こと。
やり方は分かっているし、要領も良くなってきているから、スムーズで気持ちいい。ストレスもない。しかし、それでは結局その枠から出られない。
もうひとつは「気分を変えるための機材購入」だ。
目的をもった機材導入なら確かに自分を次のレベルに連れて行ってくれる。だが、単なる気分転換の買い物ではうまくいかないことがほとんどだ。一時的にモチベーションが上がったように見えても、長くは続かない。そもそも邪な目的なのだから当然といえば当然だ。
結局、壁の前で現実逃避をしても、自分の中の不満は何ひとつ解決されない。

自己嫌悪に沈むか、それとも
多くの場合、人は自己嫌悪に沈んでしまう。
「結局、自分はこの程度」「やっぱり才能がない」「何をやっても大成しない」と。
けれど、ここで思考を止めてしまっては本当に何も変わらない。
むしろこの瞬間こそが、ジャンプアップのチャンスではないだろうか。
脳みそがちぎれるほどに考え抜いてみる。
なぜダメだと感じるのか、何を変えるべきなのか。
視点を変える、新しいアプローチを探す。
ときには一度手を止めて、少し距離を取ることも必要かもしれない。
この「産みの苦しみ」を超えたとき、今までの自分とは違う、新しい段階へと進める気がする。

守・破・離を繰り返す
日本の芸事に伝わる「守・破・離」という考え方がある。
まずは型を守り、徹底的に繰り返す。
やがてその型を破り、距離を置き、新しい自分のスタイルを模索する。
そしてそこからまた新しい型を見つけ、また破り、また離れる。
言うなれば、壁にぶつかる瞬間こそ「守」から「破」に移るタイミングなのだ。
これまで当たり前にやっていた慣習を、一度壊してみよう。
距離を置き、新しい試みをしてみよう。
その先にまた「守りたいもの」が生まれてくるはずだ。
そしてそれをまた壊し、離れていく。
成長とは、この繰り返しの先にしかないのだろう。

さて、自分の写真をどうしよう
今まさに、私はその時期にいる。
続けてきたからこそ「このままでいいのか」と問い直す瞬間がやってきた。
自己嫌悪に陥るのではなく、これはジャンプアップの前触れだと捉えたい。
少し立ち止まり、これまでを振り返り、新しいやり方を考えてみる。
とにもかくにも、まずは写真だ。
自分に足りないのは「知識」と「経験」だと思っている。ハウトゥー本に書いてあるような基礎的なことは理解しているし、長く実践もしてきた。だが、もうひとつ上を目指すには新しいエッセンスが必要だ。
そこで、まずはよく知っている南雲暁彦先生の『Idea of Photography』を手に取り、改めて学び直すことにした。理論と実践を往復しながら、自分の写真に新しい視点を取り入れていきたい。
次に、家族や友人以外に自分の写真を評価してくれる人がいないという課題がある。これを解消するために、新しいネットワークを築いていこうと思う。地元でいくつか写真クラブを見つけたので、まずはそこに顔を出してみるつもりだ。さらに、ゆくゆくはフォトコンテストにも挑戦してみたい。そのためにはプリントの技術を避けて通れない。これも腰を据えて学んでいくつもりだ。
結局のところ、成長とは「守・破・離」を繰り返すことだと思う。今までの自分の慣習を一度壊し、そこから少し距離を置いて、新しいスタイルを探してみる。そしてまた守りたいものが見つかれば、それをさらに破り、次のステップへと進む。その循環こそが、自分を押し上げてくれる道なのだろう。
だから今は、まず行動する。写真を勉強する。ネットワークを広げる。応募してみる。プリントを学ぶ。そうして一歩ずつ積み重ねる中で、また次の扉が開いていくはずだ。
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