スナップ撮影といえば、速写性が命だと思われがちだ。オートフォーカスの精度も速度も驚くほど進化しており、ほとんどの場面で迷いなく被写体を捉えることができる。それでもあえて、マニュアルフォーカスで撮ることにこだわる人がいる。私もその一人だ。ではなぜ、マニュアルでスナップを撮るのか。その意味を考えてみたい。
自分で被写体を掴む実感
マニュアルフォーカスは、オートに比べて圧倒的に手間がかかる。ピントリングを回し、自分の眼で確認し、ようやくシャッターを切る。このプロセスを通じて、「自分が被写体を選び取った」という実感が残る。
オートで撮ったときの写真が「撮れてしまった」一枚だとすれば、マニュアルで撮った写真は「自分が掴み取った」一枚だ。写真は道具が撮るのではなく、自分が撮るもの。その当たり前を思い出させてくれるのが、マニュアルである。
思考と身体が結びつく撮影体験
オートフォーカスは、思考の前に機械が決定を下す。便利である一方、撮影者はただ「シャッターを押す人」に近づいてしまう。マニュアルではそうはいかない。自分が考え、手を動かし、微細な指の動きと視覚が連動して一枚が完成する。
この身体性を伴った体験は、写真を「作業」ではなく「行為」として意識させる。リングをわずかに回しながら「ここだ」と感じる瞬間には、機械まかせでは決して得られない高揚感がある。撮ることの原点に立ち返らせてくれるのだ。
失敗を通して成長する
マニュアルで撮れば、ピントを外すことも少なくない。特にスナップの現場では失敗が山ほど生まれる。しかし、その失敗こそが学びとなる。どの距離でどのくらいリングを回すと合焦するのか、光の中で被写体の位置をどう予測すればいいのか。繰り返すうちに感覚が磨かれていく。
私自身、何度もピンボケ写真を量産してきた。だが振り返れば、その積み重ねが「目測の精度」を育ててくれたのだ。失敗を恐れずに挑むからこそ、身体に染み込む学びがある。
「撮ること」と向き合う姿勢が変わる
マニュアルフォーカスは効率的ではない。速さも正確さも、オートには到底かなわない。だが、その非効率さの中にこそ意味がある。焦点を合わせようとする数秒間、被写体をじっと見つめ、考える。その時間が、写真に厚みを与える。
効率を求めるならスマホで十分だ。それでもなお、マニュアルにこだわるのは、写真に「自分の存在」を刻みたいからだ。撮るとは、ただ結果を残すことではなく、その過程ごと抱きしめる行為だと信じている。
シャッターを切るたびに、「これは自分が選び取った世界だ」と言える。その誇らしさこそが、マニュアルフォーカスの醍醐味だ。
おわりに
マニュアルフォーカスでのスナップは、決して万人向けではない。だが、この手間のかかる行為を通じて、私は写真に対する姿勢を学んできた。便利さを享受しつつも、ときにあえて不便を選ぶこと。その選択の中に、自分自身の成長があると考えている。
もし迷ったら、ぜひ一度ピントリングを回してみてほしい。そこで見えてくる景色は、きっとオートフォーカスの世界とは少し違っているはずだ。
オススメのマニュアルフォーカスレンズ
私のオススメ マニュアルフォーカスレンズをご紹介します。ご興味のある方は、是非チェックしてみてくださいね。
コメント